ゲーミング・イン・フェルノ

ゲームと趣味の雑記帳

ゲーミング・インフェルノ 第41話「ヴェイン・グリッチ」

試合終了まであと10分。スタジアムの座席を埋め尽くす観客達から、当初の熱気はもう失われいた。それほどまでに一方的な展開が、今もなお続いている。

陰鬱な空気の中、フィールド中央に並ぶ選手用のゲーミングチェアの前に備え付けられた2台のモニターは残酷に開き続ける差を、機械的に映し出す。

 

冷え切った空気をかき消そうとしているのか、スタジアムを一望できる関係者ボックスの実況席からMCが軽薄な声を張り上げる。

『さぁさぁ!ギアス=ピット社主催、第2回ゲーミング・インフェルノ準決勝もそろそろクライマックスとなって参りました!あの往年の名作RPG「ギアス=クエスト」の最初のダンジョン、始まりの森における8時間耐久レベリングスコアタック!勝利するのは前回優勝者でもあるピット社所属・須黒タスク選手か、それとも今大会初出場の無所属・降谷ルイ選手か!?』

 

わざとらしく説明的な実況を聴き流しながらルイは一心不乱にコントローラのスティックを弾きボタンを叩く。プレイ前にポニーテールに纏めた髪も夢中で操作する間にほどけ、顔に掛かった長髪の影が彼女の鬼気迫る眼光を際立たせる。

 

関係者ボックスには全身黒づくめに仮面までつけた姿のギアス=ピット社の社長が無言でルイを見下ろしている。普段は人前に姿を見せないその異様な佇まいに少し気を取られながらもMCは続ける。

『おっと降谷選手、ここでラストスパートを掛けるか!しかしここまでのプレイで須黒選手との差は絶望的に開いてしまっているが大丈夫か!?大丈夫なのか!?』

 

ピット社が用意したMCの煽るような口調に軽く舌打ちをしつつもルイはタスクのモニターに軽く目を向け、すぐさま自身の操作に集中しつつも低くボヤく。

「絶望的、か。プレイもせずにヤジるだけの奴は気安く言ってくれるから困ったもんね」

 

オーロラビジョンにはスタジアム中の観客にもわかるように2人の操作するキャラクター、最初のダンジョンでレベルを上げ続ける主人公の黒騎士の現在のレベルが大きく表示されている。

 

タスク Lv.204

ルイ  Lv.72

 

通常Lv.8ほどで最初のボスである森奥の魔犬を倒しLv.60程度でラスボスを倒せるレベルバランスのこのゲームとしては異様としか言えない状況ではあったが、2人の間に開いた大きな差が更に異常な空気を醸していた。

 

ルイの隣の席にゆったりと腰かけるタスクが声を掛ける。

「いい加減そのコントローラを投げ出したらどうだ、降谷。お前のプレイングは中々のものだが、すでにこのスタジアムでお前のプレイに前向きな関心があるのはお前自身のみのようだが?」

「私自身が前向いてるなら上等じゃんか。まだまだ勝負はここからだっつーの」

 

ルイの返しを空元気と捉えたタスクはやれやれと薄ら笑いを浮かべながら腕を組み深く座り直す。高性能な連写機能と入力記憶機能を備えたピット社製コントローラによりタスクの黒騎士は人間の操作ではありえない高速・高精度・最高効率の雑魚狩りを自動的に繰り返す。マップ上の左右移動と戦闘画面での入力決定・演出スキップは寸分の狂いもなく、タスクはただそれをコーラとポテチをお供に眺めるだけだった。

 

ルイのサポーター席に付くヤスミも、最早沈痛な面持ちで見守ることしか出来ない。

「こんなの酷すぎるっスよ……。ルイさんはちゃんと自分でストーリーを追ってここまでプレイしたのにあいつは機械に全部読み飛ばさせて……このままじゃルイさんは……」

 

勝利を確信したタスクがコーラを呷り、歪んだ笑顔をモニターに向けたまま言う。

「分かっただろう?これがゲームを攻略するという事だ。ケバケバしい電光の画面の下に広がる空虚なゼロと1の羅列。機械的に信号を送り続けることで崩壊する虚構の世界。お前はあくまで自身の手でストーリーを追って最初からプレイする事に拘っていたようだが、それが無価値な自己満足だということがもう直ぐ証明されるというわけだ。……こんなもの、自分の手でクリアするものでもないとな」

 

最後は虚な真顔になりながらも言い切るタスクに、フンとだけ返してルイは尚も操作を続ける。

 

黒尽くめの社長は微動だにせず、MCは構わず騒ぎ立てる。

『さぁ残り時間は5分を切った!これはもう決まったか!?』

 

それでもルイの集中力は研ぎ澄まされていた。MCの煽り、観客の諦観、ヤスミの嘆き、そしてタスクの嘲りさえもまとめて背中に捕らえて推進力とし、全てのエネルギーを画面とコントローラに注ぎ込む。ゲームを攻略する。

 

「それが私にできる全て。私がやらなきゃいけない全て。そして……」

 

(『ルイのプレイは面白いね。隣で見てるだけでも楽しいな』)

 

同じゲームサークルで出会い、ルイ・ヤスミと共にギアス=ピット社の裏の顔に近づきすぎた為に2人を庇って闇へと消された宇佐見マコ。極限状態のルイの脳裏に親友である彼女の笑顔と声が蘇る。

(『僕は下手っぴだからルイと一緒にプレイするのは難しいけど……。そうだ、この前ネットで見つけたこの裏技なんだけどさ、ちょっと試してみない...?とある昔の名作RPGの都市伝説みたいなのだけどルイなら成功させられるかも』)

 

(「マコ……」)

(「この戦いの先に貴女はきっと……」)

(「私は絶対にこの先に……!」)

 

「これが私のやりたい全てだ!!!」

 

叫びと共にルイがコントローラを高速で捌いた刹那、終了のブザーが鳴った。

 

静まり返る会場でタスクはつまらなさそうに鼻を鳴らし、ビジョンに目も暮れずに立ち上がる。

「くだらない」

 

ルイは席についたまま息を切らして俯いる。タスクは一瞬憐れむようにルイを一瞥して席を後にしようとした。

しかし。

『こ、これは……!』

 

MCと観客のどよめき。ヤスミは声も出せずにパクパクと口を開け閉めしている。

全員がオーロラビジョンを見上げて固まっていた。

タスクが訝しげにビジョンを見上げるとそこには。

「なんだと……!?」

 

タスク Lv.209

ルイ  Lv.85983232

 

信じられない数字が踊っていた。タスクは猛然と踵を返してルイのモニターにかぶりつく。そこにはビジョンと同じく、ステータスウィンドウを突き破って表示された黒騎士の異様なレベル数が表示されていた。

ルイが顔を上げ、汗で顔にへばりついた髪をかき上げニヤリと不敵な笑顔をタスクに向ける。タスクは狼狽で返すことしか出来なかった。

「貴様、一体何を!?」

 

ルイはパーカーの袖をまくり、左腕にサインペンで書き込んだカンペを見せつける。試合開始直前まで読み込んで覚えたものだ。

「『始まりの森に入る前に道具屋と宿屋の裏道から進みサブクエストを受理した上で森のブルースライム、人喰いアルマジロ、踊りバナナを合計50体以上倒して通常後回しにされるサブクエストの条件を満たした後、持ち物から毒消しぼた餅をアイテムスロットの2段目に入れてXボタンを3秒以内に7連打。その後森の入り口のセーブポイントの周りを右回りに回ると一周する度にレベルが倍になる。』ってさ。とある昔の名作RPGの都市伝説だよ。知らないの?」

「な、なんだそのふざけた……」

「知らないんだろうね。これはね、このゲームの今はもう見られない公式ホームページのコラムコーナーにひっそりとリンクしてあった初心者救済の裏技だよ。何時間もレベリングしても最初のボスすら倒せない下手っぴを先に進ませてあげる開発者の優しさだか遊び心だかエゴだかの残滓だね。このゲーム最初のボスも強かったからなー」

「そんな物、知るはずが」

「ゲーム内にも超分かりにくいヒントはあったんだけどね。旅に送り出してくれる村長のエールの中とか図書館の司書さんのオススメの棚の魔法書とかその辺りにね。まぁそういうのが無意味な虚構だって思ってるうちは絶対にたどり着けないかなって訳だけど」

「馬鹿な……」

 

タスクが床に座り込む。そこでルイは初めてフッと力を抜き、柔らかな表情をみせた。

「昨夜あんたのマネージャーに聞いたよ。育成対戦ゲーム『バゲット・テイマー』の熱心なファンだった学生時代のあんたが、当時地方大会の予選で金を払って代理育成された異常に強いバグ個体を使う対戦相手にボロ負けしたのが今のあんたを形成するきっかけだって」

 

タスクは顔を背ける。表情は見えなくなったがルイは続けた。

「そんな事があったら不貞腐れる気持ちもわかるよ。ゲームなんて数字と機械操作でどうにでもなるただの虚構だって。でも私にとってゲームは『体験』だ。王道の地道な歩みも、ふざけた外法の裏道も、どっちにしたって自分の手でやり込んで楽しむから前に進める。自分の足で踏み進めば虚構も現実の景色と変わらないってね」

「……」

「まぁ、また勝負したくなったら言ってよ。いつで受けて立つからさ」

 

その場で何かを考え込むタスクを置いてルイはその場を離れた。

 

半泣きで駆け寄るヤスミを宥めながらルイは関係者ボックスを指差して叫ぶ。

「さぁ、確か決勝戦は特別シードだとかでピットの社長自らお出まししてくれるんだっけ?ふざけたマッチングだけど私には好都合。直々にぶっ飛ばして聞き出さないといけない事があんの!」

 

しかし、関係者ボックスに社長の姿は無かった。虚をつかれたルイだったが、直ぐにスタジアムの中央に歩み寄る真っ黒な姿を捉える。そして……?

 

「聞き出したいことか……」

 

マスクの下から聴こえた声に引っかかるルイ。その引っかかりが形になる前に、黒尽くめの影がマスクに手を伸ばし、それを外す。

 

涼やかな笑みを浮かべた素顔が露わになった。

 

「わざわざ聞くまでもない、僕はそう思うけどね……」

 

「……マコ?」

 

 

続く

 

 

 

 

続きません > (・ω・`)))><