ゲーミング・イン・フェルノ

ゲームと趣味の雑記帳

ゲーミング・インフェルノ 第78話「フェアウェル・ワールド」

 静まり返ったスタジアムの中心で、ルイは虚空に空いた穴の奥を見つめている。

 目の前に浮かぶ姿鏡ほどの大きさの穴の向こうは薄暗い空間が延々と続いているようだったが、微かに漏れる淡い虹色の光は不思議と彼女の心を惹き込み冷静にさせた。

 

 空っぽになった観客席。真っ黒に染まった中央モニター。『ゲーミング・インフェルノ』決勝戦5番勝負が2対2で4番勝負まで終了したままの状態から、あの白熱の温度感だけが消え去ったかのようなこの場所でルイは深く深呼吸をした。

 ずっと隣で騒がしくしていたヤスミが消え去った事もあり、意識せずとも静けさが滲み入るようだった。ルイの涙はとうに枯れていたが、立ち止まっているとヤスミの最期の笑顔が悲しみと一緒に込み上げてくるようだった。

(『行ってください…。マコさんを止められるのはルイさんだけっス...そして、ルイさんが自身が求めてる答えきっとそこに…』)

 

「行かなきゃ...」

 意を決して、ルイは足を踏み出した。慎重に虚空の穴のすぐ側にまでに歩みを進め、そして一瞬ためらった後、駆ける様に飛び込んだ。

「マコ…今行くからそこで大人しく待ってなよ!」

 

 

 

 空中に投げ出されたような浮遊感を刹那に感じた直後、ルイの両足は硬質なガラス質のような床の感触を捉えていた。

 一面の暗闇が拡がっている事を覚悟していたルイは周囲に忽然と現れた明るい半円状の空間に一瞬面食らったものの、直ぐに冷静に辺りを見渡す。

 先程立っていたスタジアムと同程度の広さの部屋を包むドーム状の壁にはわざとらしい青空の映像が映し出されているものの、流れる雲には時折ブロックノイズが走る。振り返れば虚空の穴がゆっくりと消えていくのが見えたが、ルイにはそれはもう無用の物だと感じられ、焦りは感じなかった。

 なんの物音もしないドームの中は、先ほどのスタジアムよりも更に静かに感じられた。

 

 気配を感じて再び振り返ると、作り物の青空に包まれた空間の中心に宇佐見マコが立っていた。

 

「やあルイ、ここまで来たんだね」

「うん、お邪魔するよ。そういえばマコんちに遊びに来るのは初めて...っていうかココ、あんたの家で良いんだっけ?」

 努めて平静を装い、不敵に軽口を叩いて見せるルイにマコは苦笑する。

「とぼけなくても良いよ、ルイ。もう全部知ってるんだろう?」

 ルイは真顔で答える。

「まぁね。全部分かったし、思い出したよ」

「...知ってほしくはなかった。1ヶ月前のあの日、ルイが『街に広まってる神隠しや幻聴騒ぎの怪談の噂を調べるんだ、リアルアドベンチャーゲームだ!』なんて言い出して僕とヤスミを誘った時、適当に誤魔化して止めていればよかったんだ。けれどルイの好奇心が走り出したら止められないのは分かってたし、僕はルイのそういうところが...そういう所を邪魔したくは無かったからね」

 

 寂しげに笑うマコの言葉を受け、ルイが続ける。

「色んな噂の根っこが大手ゲーム開発企業のギアス=ピット社の隠してる何かに繋がってることを突き止めた私達は、ピット社が主催するゲーム大会『ゲーミング・インフェルノ』に参加することでピット社の秘密に近づこうと企んだ。でも...逆だったんだ。街に起きていた事件がピット社の秘密そのものだった」

 ルイの言葉を、マコは止めない。静かに微笑んだまま読み聞かせの続きを待つように黙っている。

 

「ヒントになったのは準決勝で戦った須黒タスクの言葉だ。あいつは決勝5番勝負の最中に私に何かを伝えようとしてくれたけど、結局伝わったのは『体験そのものが虚構に支えられていても、お前なら...』っていう謎のメッセージだけ。だけど、うっすら感じていたものがその時確信に変わった。怪奇現象、ピット社の秘密...そして私が時々見る白昼夢」

 

 最後の言葉に、マコは初めて少し動揺を見せた。だが真っ直ぐマコを見据えるルイの目を、マコもまた真剣な目で真っ直ぐに見返す。

 

「全てを思い出したよ。天才プログラマー宇佐見真殊(うさみまこと)が自ら運営するインディーズゲームスタジオ『ギアス=ピット』で開発した、時空歪曲型バーチャルゲーミングメタバース『ゲーミング・インフェルノ』。それがピット社の...いや、この世界の秘密だったんだ。」

 そう言ってルイは周囲の青空の映像を見渡す。

神隠し現象はNPCの消失バグ、幻聴は音声データの再生ミス。どれも怪奇現象なんてもんじゃなくって、この電子情報で構成された世界に現れ出してたちょっとした綻びだったんだよ」

 

 そこまで聴いて、マコは軽く拍手をしながら口を開いた。

「流石だよ、ルイ。遂にこの世界の秘密を突き止めたって訳だ。リアルアドベンチャーゲームはお望み通りエンディングにたどり着いたんだ。でも、それを知ったからには只で帰す訳にはいかないよ。この世界の開発者として、円滑な運営の為にも『ゲーミング・インフェルノ』秘密は封印させてもらうよ」

 両手を大きく広げ、先程までと打って変わった冷たい笑みを浮かべながらゆっくりとルイに歩み寄るマコ。

 しかしルイは、

「...今更悪ぶらなくてもいいよ、マコ」

 悲しそうにマコを静止した。

 マコはだらりと手を下ろして作り笑いを解く。

「止めてよ、ルイ。謎解きはもう十分だろ」

「...言ったでしょ、全部思い出したって。街のバグとは関係なく起こる私の方の謎。時々見る白い部屋、白い天井、白いベッドの白昼夢。」

「止めて」

「...現実の私はさ、まだ生きてるの?」

 

 ルイの問いにマコはすぐには答えられなかった。

 それでもルイが迷いの無い顔のまま視線を外そうとはしないのを認めると、ゆっくりと口を開いた。もう下手な嘘は通用しないことを確信しながら。

「正直、今は快方に向かってるところなんだ...。現実世界の降谷累(ふるやるい)が時空歪曲実験の事故から僕を庇った際に追った怪我の後遺症は、5023年の医学でもってしても完治させるのは難しかった...。時空間の歪みをモロに全身に受けたわけだしね...。」

「それは...ヤバそうだ。マコの職場を見学しに行った時にデッカい爆発から庇ったのは覚えてるけど、その後の事は初耳」

「完全に意識不明だったからね...。でも事故に関連して僕が開発していた特殊なバーチャル世界に意識をつなげておくことで身体の機能と意識の時空間的な次元のズレを修正させられる事が分かったんだ。『ゲーミング・インフェルノ』はゲーム世界で何年過ごしても現実世界では数秒しかたたない、そうして存分にゲームを楽しんでもらおうってコンセプトの世界だったからね...。そこは不幸中の幸いだったよ」

 そう言って自嘲気味に笑ったマコは、しかし直ぐに明るい表情を作った。

「...だから!だから安心してよ!こうして僕が開発した『ゲーミング・インフェルノ』に居てくれる限りルイの生命は持続する!回復するんだ!」

「その代わりマコが死ぬ。...そうなんでしょ?」

 ルイの言葉に、マコの表情は凍りついた。

 それは自身の死を予想していなかった事からくる驚愕の表情では無く、その事実も、その後に続くであろうルイの言葉も分かっていたからだった。

 

「年単位で時間がずれるバーチャル世界を運営し続けるなんて、それこそマコの精神が持ち続けるわけがないんだ!この数ヶ月で怪奇現象といえるほど世界がバグり出したのも、決勝5番勝負の最中にあんたが時々苦しそうにしてたのも、現実のマコが限界に近づいてる証拠なんでしょ!?」

「...めだ」

「だから今すぐ、この世界を...」

「ダメだ!!!」

 マコが声を荒げる。

「ここを...この世界を止める事はできない...。」

「マコ...」

「世界を止めたらルイが死んじゃう...。死んじゃうんだよ...。天才プログラマーだなんて囃し立てられた僕が...実際は一人じゃ何にもできない泣き虫で、引きこもりで、弱虫だった僕を引っ張ってくれたルイが死んじゃうんだ...。そんなの、それこそ僕にとっての世界が終わっちゃうんだよ!」

 そう叫んだマコは、直後にフッと表情を無くした冷たい仮面をその顔に纏った。

「でもそうやって言っても聞かないだろう?ルイは、きっと僕の命を守ろうとしてくれるんだよね。だから僕は退けないんだよ。...今度は僕がルイを守って見せる」

「うん、私も、私に新しい世界を、何度もワクワクするような景色を作って見せてくれたマコの命を見捨てることは出来ないよ」

 

 対峙する2人がゆっくりと距離を詰める。

 同時に2人の間の床からアーケードゲームの筐体が迫り上がってきた。

「これ...私とマコが初めて喋ったゲーセンの...」

「そう、あの日初めて一緒に遊んだタイトルだよ」

 

 マコは遠い日を懐かしむように目を細め、筐体の操作板を軽く撫でた。

「架空の大会『ゲーミング・インフェルノ』を戦いぬく物語、それがこのゲームに構築された設定なんだ。そしてこの世界...バーチャルメタバース『ゲーミング・インフェルノ』の運営権はゲームの勝者が手に入れられる、そういうルールだ。」

「そう、それは話が早いね」

 ルイはようやくニヤリと笑い、パーカーのポケットから取り出したヘアゴムで髪をポニーテールに結う。

 

「お預けになってた決勝最終戦、今ここで5本目を取って、私はマコを守る!」

「勝つのは僕だよ、ルイ。僕がルイを守るんだ!」

 

 2人は向かい合ってゲーム筐体の前に座る。

 

「決勝最終戦、『ルミナック・アース アーケード』!勝負開始だ!」

 

続く

 

 

 

続かないです > (・ω・`))))><